上智大学法学部 Sophia University Faculty of Law

大人と子どもの境目

羽生香織

地球環境法学科
教授 羽生香織

 平成30(2018)年6月、民法の一部が改正され、平成34(2022)年4月1日から成年となる年齢(成年年齢)は20歳から18歳に引き下げられます。この改正は、平成34(2022)年4月1日時点で、18歳以上20歳未満の者(平成14(2002)年4月2日生まれ~平成16(2004)年4月1日生まれまで)は、その日に成年に達することになります。平成34(2022)年4月1日時点で、18歳未満の者(平成16(2004)年4月2日生まれ以降)は、18歳の誕生日に成年に達することになります。

 成年年齢は、大人と子どもを分ける基準となります。日本では、成年年齢を一律に定めています。そして、成年年齢に達した者を、日常生活で一律に大人として扱います。では、18歳(成年)になると何ができるようになるのでしょうか。

 私たちの日常生活は、多くの契約から成り立っています。例えば、携帯電話やバイクを購入すれば売買契約、アパートを借りれば賃貸借契約、お金を借りれば金銭消費貸借契約です。18歳になると、これらの契約を「親の同意を得ずに」「一人で」することができるようになります。契約とは、人と企業(または人)との間で、品物やサービス、金銭などを提供することを目的として約束し、その約束を実現することを意味します。ですから、18歳になると、まず、契約の内容を十分に理解し、自分にとって必要で有益な契約であるか否かを判断した上で、契約するかどうかを決めなければなりません。そして、契約したならば、その契約の内容を実現する責任を負わなければなりません。日常生活で大人として扱われるということは、相応の判断能力と責任が必要となります。

 当たり前のことですが、人間はある日を境に突然子どもから大人になるのではありません。人間は、子どもから大人へと成長発達していく存在なのです。共和制期(紀元前6世紀~前1世紀頃)の古代ローマでは、人間の成長発達を考慮して、成熟度に応じて段階的に大人として扱う範囲を広げていくという制度を採用していました。当時のローマ法は、成年年齢を25歳としていました。0歳から25歳までを、主に、0~7歳までの幼児期、14歳前後の性的成熟期、25歳の精神的成熟期と区分します(諸説あり)。そして、性的成熟期を迎えたならば結婚ができるようになり、25歳(精神的成熟期)に達したならば財産管理ができるようになるというように、大人として一人でできる行為が増えていくのです。このような段階的に大人として認める制度も一考に値すると思います。

 現在では、ある一定の年齢を基準として大人として扱う制度が採用されています。世界的にも主流の制度です。成年年齢に達すると、その瞬間から、日常生活で大人として扱われます。となると、成年年齢を何歳に設定するかが重要になります。

 成年年齢の基準は、時代や社会の考察を反映しています。ローマ法は25歳でした。現在であれば、25歳は大人であることは同意できます。しかし、感覚的に、20歳以上25歳未満を大人ではない(当時の古代ローマの制度下では、完全な大人ではない成長発達段階にある者)として扱うことは、何だか腑に落ちません。ローマ法を受け継いだフランス法は、1792年(フランス革命期)に21歳、1974年に18歳へ引き下げています。日本法は、明治9(1876)年に20歳と定め、明治31(1898)年に制定された民法に引き継がれています。当時、20歳という基準は、「強壮の時に丁(あた)る」とされ、一人前の年齢または一人前の男子であることを意味していました。さらに、当時、成年年齢は、フランス法よりも日本法の方が低く設定されていました。当時、世界的には、25歳や21歳とするのが主流でした。今般の民法の成年年齢を引き下げる改正の議論で、世界的には18歳とするのが主流であり、20歳とする日本法は遅れているという主張がありました。しかし、これは有益な主張ではないことがわかります。

 では、どうして民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げることになったのでしょうか。日本では、明治9(1876)年以来20歳を基準として、大人と子どもを区別してきました。近年では、公職選挙法や国民投票法において、選挙権(投票権)獲得年齢を20歳から18歳へ引き下げる改正が行われました。18歳以上の者は、国政上の重要な事項について政治的意思決定をすることができる、つまり大人として扱うことが適当であると考えられたからです。そうであるならば、18歳以上の者は、日常生活での重要な事項についても判断と責任を担うことができる、つまり大人として扱うことが適当であるとの議論がされるようになりました。さらに、18歳以上の者が積極的に社会参加することで、少子高齢化が急速に進行する社会の活性化につながることが強調されました。このようにして、選挙権獲得年齢と民法の成年年齢は一致することになります。

 今後の議論の争点は、少年法の適用年齢を20歳から18歳へ引き下げるか否かです。ここで考察すべきは2点あります。まず、18歳以上の犯罪を行った者は、大人として扱うことが適当であるのかどうか。少年法の適用年齢の引き下げがもたらす弊害は何であるかを検討しなければなりません。次に、大人として扱う年齢を、民法は18歳・少年法は20歳として2つの基準が存在することをいかに考えるか。個別の法律の立法趣旨や目的から、年齢基準の一致の必要性を検討しなければなりません。民法の成年年齢の引下げを機に、みなさんも一緒に考えてみましょう。