上智大学法学部 Sophia University Faculty of Law

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越智敏裕教授より、日経小説大賞受賞を記念して、学生・受験生の皆さんにメッセージです。

越智敏裕教授

 本学法科大学院の越智敏裕教授(ペンネーム:赤神諒)が今年2月に『大友二階崩れ』(日本経済新聞出版社)で見事に日経小説大賞を受賞しました。受賞を記念して、越智教授から法律家と小説家の「二足の草鞋」を履く経験を踏まえて、学生諸君へのメッセージです。

あなたたちはどう生きますか? 二刀流のすすめ

吉野源三郎~大谷翔平選手

 今、「君たちはどう生きるか」という古い人生論がベストセラーになっています。いつの世も、一度しかない人生の過ごし方に、人は関心を持つものですね。
 大リーグで大谷翔平選手が大活躍しています。もちろん平坦な道程ではありえませんが、怪我などせず初志貫徹、二刀流で新境地を切り開いて欲しいですね。
 私も昨年、赤神諒のペンネームで「日経小説大賞」を受賞し、ちょうど今年から、法律家と小説家の二刀流を始めました。

――なぜ二刀流がいいか。

 まず、打てるし、投げられる。同時に二分野のプロであることはそれだけで、無条件にかっこいい。加えて、異なる二つの世界、人脈、環境に身を置けるので、まるで二つの人生を同時に生きているような充実感を味わえます。さらに二刀流は<ダブルトラック>なので、一方で行き詰まっても、まだもう一つの道でとりあえず前へ進める。いい意味で逃げ場があるのです。おそらく二刀流のメリットには相乗効果があって、成果は足し算でなく、かけ算でやってくる。
 実は法律家としても、私は大学の許可を得ながら研究者と弁護士の二足のわらじを履いてきましたし、専門分野でも環境法と行政法のダブルメジャーでした。大学時代、私は自分の好きな英文学を学びつつ、司法試験の勉強に明け暮れていましたから、思えばそのころから二刀流的だったのでしょう。
 凝り性のわりには飽きっぽいという奇妙な性格のせいかも知れません。
 一刀流でも大変なのに……と思われるかも知れませんが、「第一人者」は文字通り一人だけですし、現代競争社会では一刀流で超一流になれる人はひと握り。何事でも上には上がいるのです。二刀流のほうがオンリーワンの希少価値を獲得しやすい。
 副業解禁や人口減少による現在の求人難は、二刀流志望者には追い風です。衰微してゆく日本の国力低下や老後の年金の危うさを考えれば、従来の紋切り型の人生設計がもうすぐ通用しなくなります。若いうちから二刀流を視野に入れておいて損はないでしょう。

天職とは何か

 よくも悪くも、人生の少なくとも半分ほど、一部の人にとっては人生のほとんどを、「仕事」が占めています。皆さんも、大学生のうちに自分の仕事をいちおう決めねばなりません。まあ、何事も経験ですし、人生慌てず騒がず、気に入らなければ転職すればいい話なのですが、早く一刀流を仕上げておいたほうが二刀流になりやすい。
 そもそも仕事には「天職」と「それ以外の仕事」があります。

――天職とは何か。

 私は単純に「好きな仕事」と定義しています。
 先に「仕事」とは何か。これは単純で、対価がもらえることです。
 いくら好きでも、お金がもらえなければ、プロではないので、「趣味」に過ぎません。趣味で「玄人はだし」というけれど、やはり玄人のほうがいいですよね。玄人はその腕で稼げるプロです。趣味がいけないといっているのではありません。逆です。趣味は天職の種のようなものです。小説もデビューまでは趣味にすぎません。趣味を育てて天職に育てれば、最初から「好き」もクリアーしているのでいいですね。
 次に「好き」とは、休日感覚がないというほどの意味です。意図的に休みを入れるのは有効ですが、月曜日が来るたび憂鬱になって週末を待ち遠しく思うような仕事は、天職でない可能性が高いです。
 私は好きな仕事をしているので、一年で一日も「休日」がありません。好きでやっているから休みたいとも思わないし、「休む」という感覚自体が最初からないわけです。二刀流になると、そもそも休んでいる暇はないのですが。

ブラック状態のすすめ

 最近、問題になっているブラック企業はいけませんが、ブラック状態と混同しないで下さい。はたから見ると僕は年じゅうブラック状態かも知れません。
 若いうちは真っ青になってブラック状態に自らを追い込み、自分を磨くくらいでないと伸びません。とくに社会人一年目は右も左もわからない。休みを削ってでもたくさん学ばなければならないはずです。筋トレと同じで、筋肉にちゃんと負荷をかけなければ、強くはなれません。歯を食いしばって背伸びをし続けているうち、その状態が当たり前になって、次のステップに進めるわけです。
 プロになるためには一万時間を、一流になるためには四万時間をかける必要があるといわれます。圧倒的な量は質を凌駕します。早く一万時間に到達しましょう。文句はそれから言えばいい。
 私も駆け出しの弁護士の頃は事務所に泊まり込みましたし、研究者になる前は明けても暮れても勉強しましたし、新人賞を取るために小説を書いているときもブラック状態でした。プロになるためには「やらされる」のでなく、己の意志でブラック状態を創り出す必要があります。いくら好きでも、ステップアップのための辛い時期は避けられません。嫌な奴も必ずいます。勉強でも部活でも経験してきたと思います。仕事も同じです。
 私はよく「どうやって時間を作っているんですか」と尋ねられます。いろいろノウハウはありますが、本当に「休み」が必要かを考えて、「休む」という概念を人生から抹消したら、時間はけっこうあるものです。二刀流になれば、もうひとつの天職に精を出していれば気分転換にもなりますし、休んでいるのと変わりません。

天職はつくるもの

 おそらく天職は、「あ、ここにあった」と「見つける」ものではない。天職とは「作る」ものだと、私は学生さんに言っています。
 自分が選び、与えられた環境で懸命に努力をして、誰からも自分が不可欠とされる仕事に変えられれば、好きになれるし、それはもう「天職」と呼んで差し支えない。人間は、人から、組織から、社会から必要とされたときに、幸せに感じるものです。世のため人のためになる仕事は誰かに必要とされています。やりがいのある有意義な仕事はたくさんあります。

学生時代からたくさん種を蒔く

 気の進まない仕事を嫌々やりながら休日を待ち焦がれるより、天職に就いて毎日楽しく生きるほうが幸せに決まっています。
 皆さんが大学時代でやるべきは天職に就く準備です。そのためには、平凡な結論ですみませんが、大いに勉強して下さい。アンテナを広く張って、さまざまな人に会い、いろいろな経験をしましょう。いざ社会に出ると、よほど強い意志を持ち、かつ環境に恵まれないかぎり、日々の仕事で精一杯で、まとまった勉強をする時間がなくなります。私たちや皆さんの世代に、今のお年寄りのような「老後」もないとすると、一生で勉強をする最後の機会になるかも知れません。とりあえずつまみ食いでいい、趣味も広げて下さい。
 自分の人生にたくさん天職の種を蒔いておけば、いつかそれが二つめの天職につながるかも知れません。

弁護士のすすめ

 以上は一般論ですが、法学部生には選択肢として、法律家、特に在野法曹である弁護士という職業があります。法律の専門家として、困った人を助ける仕事で、やりがいがあります。昔は合格率2%程度の難関でしたが、今はかつてほど難しくありません。ちなみに私も文学部でしたが、他学部でもロースクールに進学できます。
 一般に弁護士は自分で受任事件を選択できますから、オーダーメイドの人生にしやすく、二刀流向きの職業のひとつです。ロースクール不人気の今が狙い目でしょう。弁護士資格を取ってから企業に入り、専門分野を切り開いていく生き方もお勧めしています。企業に付加価値をつけてもらってから、したければ独立すればいい。
 弁護士の特徴は「自由」です。私の先輩には、農作業をしながら弁護士もやる半農半弁もいます。夏には必ず一ヶ月バカンスを取る弁護士もいます。私のように研究者になり、小説を書いている者もいます。
 齢を重ねるにつれて、人生は加速度的に早く過ぎ去ってゆきます。大学時代なんて気づいたらあっという間に終わっています。誰もがそう断言してはばかりません。
 社会に巣立つ前の最後の学生生活。一日いちにちを悔いのないよう、大切に生きていってください。


緻密な法理を展開する「越智先生」の著作と歴史のロマン溢れる「赤神先生」の著作。
皆さんはどちらに魅力を感じますか?


『大友二階崩れ』の舞台となった都甲の荘(大分県豊後高田市)へ凱旋。
熱烈な歓迎を受けました。