上智大学法学部 Sophia University Faculty of Law

民法のまなび

法科大学院教授 永下 泰之

民法とは何か

 そもそも法あるいは法律は、なぜ存在するのでしょうか。「法」は、まず、裁判の際の準則となります(裁判規範)。また、「法」は、社会生活を営む上で守らなければならないとされている規準(社会規範)でもあります。さらに、「法」は、「要件」が充足された場合に「効果」を発揮させることで人の行動をコントロールします(行動規範)。
 民法は、私人間の権利・義務にかかわる法律です。もう少し敷衍すると、民法は、人に権利や義務を与えるルールだということができます。たとえば、コンビニエンスストアで、お茶を購入するという行為は、売買契約に該当します。売買契約が成立すると、商品に関しては、買主は「商品引渡請求権」という権利を取得し、売主には「商品引渡債務」という義務が生じます。他方で、代金についてみると、買主には「代金支払債務」という義務が発生し、売主は「代金支払請求権」という権利を取得します。このような私人間での権利・義務の発生条件について定めているのが民法です。そして、民法は、私人間での権利・義務の発生をとおして、上記の諸規範として機能しています。

民法を学ぶということ

 先に見た売買契約をとっても、それが民法上の行為であると認識して行っている人はほとんどいないでしょう。民法は、およそほとんどの日常生活に関係する法律ですが、我々は日常生活において、民法を意識せずとも、問題なく生活できています。そうすると、法学部で特別に民法を学ぶという必要性に乏しいとも思えてきます。しかし、問題なく生活できているという状態は、ルールがうまく回っているという結果にすぎません。あまり望ましいことではありませんが、ときとしてトラブルが生じます。トラブルに直面した際にこそ、民法の知識が役に立ちます。自らの権利を主張し、また権利を守るためにも、民法をうまく使うことができるようになることが望ましいといえます。例えば、Amazonで本を購入し、代金も支払ったが、売主が本を送ってくれないといった場面において、買主として(クレームを除いて)どのような主張・請求ができるのかを知っておくだけでも、その後の対応に困らないと思います。

民法の学び方

 民法は、日常生活に関する法律であるだけに、範囲が非常に広く、また、条文数も多いという特徴があります。そのため、学習量も相応に多くなり、敬遠されがちな分野です。また、民法は、「総則」、「物権」、「債権」、「親族」、「相続」の5つの分野から構成されています。法学部の授業もおおむねこの分野ごとに行われます。ところが、実際の事件は、分野ごとに分かれているわけではありません。例えば、売買契約を例にすると、売買契約の成立等については「債権」に規定されていますが、商品の権利の移転に関しては「物権」に規定されています。また、売買契約の内容が適当であるかどうかについては、例えば「総則」を参照する必要があります。このように、民法(だけではありませんが)は、分野をまたぐことが多いため、一つの授業を聞いただけでは、理解が追いつかないことがよくありますし、ある授業では他の授業の知識を前提としているということもよくあります。こうしたことから、学生は、民法は難しいと思われているようです(筆者も学生の時はそう感じていました)。
 民法を学ぶ上での重要な点は、各分野の「つながり」を意識することです。一つの授業を聞いただけではわからなかったことでも、「つながり」を意識して次の授業に挑むと、「見えてくる」ことがよくあります。さしあたり、道垣内弘人『リーガルベイシス民法入門[第3版]』(日本経済新聞社、2020年)が、民法全体の入門書としては読みやすいと思います。一度全体を見通しておくと、各分野の理解の助けになります。

とにかく「判例」を読んでみよう

 民法の議論は、とかく抽象的になりがちです。民法自体が、社会の変化に対応するために、条文自体を抽象的に作ってあることに原因があります。また、民法での議論は、社会一般に対して通用するように論じる必要があるため、話が抽象的になります。この点については、好き嫌いがありますが、抽象的であるために、民法に苦手意識をもつ学生も少なくありません。
 では、どうしたらよいのか。民法が適用されるのは、具体的な問題に対してです。上述の抽象的な議論も、具体的な問題を解決するために行われるのですから、具体的な事件をイメージすることが重要です。そこで、教科書や授業で触れられた判例(実際の事件に対する裁判所の判決)に一度目を通してみることをお勧めします。具体的な事実関係を把握することで、抽象的な法律論も理解しやすくなると思います。また、判例を読むというと、判例解説の類を読んで済ます学生も多いのですが、ぜひ判決の原文を読んでみてください。

民法を楽しむ

 民法は、日常生活に係る法律であることから、民法が問題となる事件も我々の生活に身近なものが多くなります。その意味で、民法は比較的取り付きやすい分野だということができます。けれども、一人で学習していても、理解に苦しむなど、勉強に苦痛を覚えることもあるかもしれません。そういうときには、友人や先輩、教員と議論をしてみましょう。民法は、我々の生活に身近な法律ですから、他の分野の法律よりも、より具体性をもった形で議論をすることができるでしょう。そして、議論を重ねることによって、一人ではたどり着けない新たな発見があるかもしれません。この発見は、民法を学ぶことでの「楽しみ」の一つです。きっと、民法を学ぶことが楽しくなると思います。

 最後になりますが、なぜ法学部?という疑問が生じたときは、森田果『法学を学ぶのはなぜ?』(有斐閣、2020年)を一読することをお勧めします。

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永下泰之先生 近影